世界一の大学へ

ニコラと出会ったのは、大学生の時。イギリスのオックスフォード大学の日本学科から、神戸大学に交換留学生として来ていた彼女と、留学生歓迎会か何かのパーティーで出会った。フランス語ができた彼女と、そのパーティー会場で少しフランス語で会話したりし、なんとなく覚えてはいるものの、特別個人的に遊びに行ったりしたこともないまま、それから4年が経過した。

中南米を1人旅していると、Facebookの投稿を見て、「今ボリビアに住んでいるよ!もし来るなら教えてね」と連絡をくれたのだった。大学を卒業後、ペルーで英語の先生をして、ボリビアで会った時には、オンラインで日英翻訳の仕事をしながらボリビアの古都スクレに住んでいた。

世界遺産にもなっているスクレの美しい街を散歩していると、彼女が言ったのだった。「いつか大学院行こうと思ってるなら、オックスフォード行ってみれば?きっとさらに合ってると思う」と。

そんなことは、その後、すっかり忘れていたのだが、また数年後、今度は彼女が東京に居るというので、丸の内まで出てきてもらい、仕事の昼休みを利用してランチに行った時、彼女がまた言った。「オックスフォード行ってみれば?」と。そんなこと私に言う友人は彼女くらいである。行けるものならそりゃ行ってみたい。

彼女曰く、オックスフォードの選考は、学歴や成績よりも、個性や面白い経験を重視しているという。成績には自信はないが、船旅やら窓拭きやら、確かに変わった話ならできるかもしれない。彼女の話にまんまと乗せられ、気がつけば私はオックスフォードに行くつもりになっていた。

そうと決まれば、応募書類の作成をしなくては、ということで、ニコラに添削してもらいながら書類作成。久しぶりに大学の先生とも連絡をとり、推薦書の作成を依頼。なんとイギリスの大学修士号はほとんどの場合、審査は書類審査のみで、合否が決まる。A4用紙2枚にみっちり記載する志望動機と、2〜3通の推薦書、それに職歴や学歴、資格などを記載する履歴書、それに過去に書いたエッセイや論文のサンプル。英語の試験証書と大学の成績証明書。それを全部スキャンし、1コースあたり15000円くらいの受験料を振り込んで書類をアップロードすれば応募完了。受験料さえ納めれば、大学・コースに関係なく応募し放題である。最終的にわたしは、オックスフォードで興味のあるコース2つと、UCLで興味のあるコース2つ、計4コースを受験してみることにしたのであった。

そして1ヶ月もしないうちに、結果が出る。オックスフォードの1コースとUCLの2コースに合格した私は、少し迷った結果、やっぱり最初からニコラに進められていたオックスフォードで、ラテンアメリカ学の勉強をすることにした。なお、それを決断をした時期は、同時にコロナウィルスによるパンデミックがはじまりかけている2020年の2月終わりの出来事であった。

パンデミックによる若干の心配はあるものの、決まった時点で、それはもう渡航する半年ちょっと前。そこから、勤めていた会社に、大学院留学することを伝え、フリーランスのコンサルタントとして業務委託契約を結ぶことが決まったり、大学院の寮を決めたり、ビザ取得の手続きを進めたり、準備を進めて、あっという間に2020年9月、トランジットでヒースロー空港で数時間過ごしたのを除いて、生まれて初めてのイギリスに向けて、空っぽの成田空港から、空っぽの飛行機に乗って旅立ったのであった。

着陸する少し前に、晴れたロンドンの上空からみた、うねるテムズ川、大きな観覧車。新しい生活にわくわくしたのを覚えている。空港から市内のホステルに向かうメトロでは、周りの人の話している言葉が1つも聞き取れず、外国語かと思ったら、数十分後、なんと彼らが英語を話していることに気がついたのだった。いかに、日本でアメリカ英語ばかり耳にしていたかを思い知った。

10月から始まる学校に向けて、1ヶ月前に到着した私は現地で何冊か事前学習用の本を購入し、読む毎日。それに加えて、ロンドンを散歩したり、ホステルで新しい友達を作ったり、ドイツにいる友達のところに遊びに行ったり。1年間の授業料の支払い時期も迫っていたのだが、進学を決めたのが遅くて奨学金を取っていなかった私は、大金の学費を貯金から一括でバーンと払い、払うと、そのことをすっかり記憶から忘却することにした。そんなこんなで、バカンス気分で楽しい1ヶ月を過ごすと、あっという間に恐怖の学生生活が始まったのだった。

私がこの学生生活を「恐怖の」と呼ぶのにはいくつか理由があるが、とにかく自分の弱さや苦手なこととか、そんなことばかりが露呈している気がして、自信を失い続ける日々だったというのが一番大きい。元々、びっくりするほどいつでも根拠のない自信がある私だから、自信がない自分というものに、慣れていないのである。「世界一の大学」だから、周りにいる人が欠点のない、物凄い人たちに見えたり、そしてそこに引け目を感じたり、無意味に周りと自分を比べては落ち込む、そんな毎日だった。授業の課題をやってみても、満足いくようなエッセイが書けず、泣きながら先生に提出し、突如面談をしてもらったこともあった。

そんな風に怒涛の1学期が終わり、クリスマスをスペインの家族と過ごしに行ったら、パンデミックの影響で大学に戻れなくなった。そのまま半年間、スペインに暮らしながら、修士論文まで書いて、イギリスに戻り、その週に最終試験を完了させ、あっという間に卒業。パンデミックのせいなのか、はたまた全然関係無くそうだったのか、私にはわからないが、とにかくあっという間の9ヶ月間、消化する間もないまま、詰め込んで食べて苦しくなった9ヶ月間だった。オックスフォードに暮らした期間も少なかったし、パンデミックで入学式や色々な晩餐会も中止になったので、「オックスフォード生らしい」思い出はほとんどないに等しいが、それでも、1学期には息を呑むほど美しい図書館で毎日のように勉強をしたり、友達がオックスフォードに遊びに来るので案内したり、博物館に出かけたり、美しい街はある程度満喫した。

正直なところ、消化期間のほとんどなかった大学院生活だから、上にも述べた通り、今はまだどちらかというと辛かった思い出の方が多く、何を学んだかもよくわからず、「大学院に行って本当によかった」と言える境地には、今の所は至っていない。まだまだ、これから、少しずつ時間をかけて、咀嚼し、消化しつつ、「大学院に行ってよかった」と思える日がこの先いつか来ることを期待している。

タイトルとURLをコピーしました