ユリタへ弟子入りヒッチハイク

  1. 行き先は、同じ方向かも、と思ってもらえるよう、できるだけ大雑把に書くこと
  2. どんなに長い旅でも、ずっとエンターテイナーになること
  3. その日の寝床や乗り継ぎの車が見つかりやすそうな場所があれば、たとえもうちょっと先まで乗せてもらえるとしても、降ろしてもらうこと
  4. 荷物が大きすぎる時は、近くの草むらに一旦置いておくこと
  5. ヒッチハイクは、ヒッチハイカーのための体験ではなく、乗せる側にとって最初から最後まで良い体験であるべきであること

大分県の山登りの帰り道。愛媛に向かうフェリーの中で、ユリタが、ヒッチハイクで神戸まで帰ると言う。そこで私も便乗し、生まれて初めてのヒッチハイク・レッスンをユリタに受けることになった。

そうと決まれば、早速、行きたい方向を持っていた紙に大きく書く。もうすぐ佐田岬に着く、というタイミングで、船内の車が駐車してあるゾーンへ入り、車内で待機している人々に行き先を掲げ、窓のところから話しかける。駐車していることも幸いし、考える時間も与えられるし、誰かと交渉している時に周りの人たちも気がついて、窓を開けて、どこに行くのか聞いてくれたりする。そんな風に行き先を探している私たちを見かけ、わざわざ助手席から車を降りて、「よかったら乗りますか」と聞いてくれた家族が居た。小学生の男の子と、お母さんお父さん。ひとまずは、「伊予方面」を目指していたが、なんと香川の高松まで帰るところだという。そうと決まれば、ラッキー。ほとんど神戸目前までコマが進む。

車に乗ると、ユリタは早速軽く自己紹介。それに続いて私も、同じワンダーフォゲル部で登山した帰りであることなどを簡単に説明する。ユリタは「家族旅行で九州に行ったんですか?」など、当たり障りのない質問から、どんどん会話を広げていく。

おそらく多くの日本人よりも日本語が達者なポーランド人のユリタ。でも彼女は、「日本でヒッチハイクをしたおかげで日本語がすごく上達した」と言っていた。というのも、彼女の「ヒッチハイクの心得」にもあるように、ヒッチハイカーは、乗せてくれる人にとってのエンターテイナーである必要があるのだ。彼女にとって、「初対面の全く知らない人と」、「どんな会話が飛び出すかわからない中」、「自分が会話をファシリテーションし、盛り上げながら」、「敬語で」、「場合によっては数時間に渡って話し続けること」は、全て、普段の日本に住む留学生の日本語の使用範囲ではなかなか経験しないことだったという。そう言われてみれば納得である。そしてその話を、船内で最初の行き先を紙に書きながら聞いたとき、私は驚いたのだった。「ただ、乗せてもらってお礼を言うだけではないんだ。乗せてよかった、と思ってもらえるよう、乗せてくれた人にとって楽しい体験を、私たちが作り上げて、お礼として提供するのか」と。

さて、そんなこんなで、ユリタの力で楽しく話も盛り上がりながら、ドライブは続く。当時19歳の私を圧倒させた、ユリタの凄さは、興味を持って車に乗せようと決めてくれた両親だけでなく、小学生の男の子まで、きちんと会話に盛り込み、積極的に話しかけ、全員が参加する空間を作り出したことだった。その後、途中で「四国なのにうどん屋じゃなくてごめんね、でもここ美味しいんだよ」とお父さんが言いながら立ち寄ったラーメン屋では、夕食をこのご家族にご馳走になった。その頃には日も暮れており、最終的に高松に着くのは23時過ぎになるという。「その後どうする予定なの?」と聞いたお母さん。どうする予定なのか、想像もつかない私は、ユリタの顔を見る。するとユリタは、「24時間営業のマクドナルドがあれば、そこで今夜は休憩するので、途中でも降ろしてもらえすか?明日またヒッチハイキングを続けるので、できるだけ交通量の多いジャンクションの近くや、大きな町だと嬉しいです」という。お母さんが、運転席に座るお父さんの顔を覗き込む。そして、2人で、「うん」と頷くと、「何日も山登りをしていたと言うことは寝袋を持っているんでしょう?着くのも遅いし何も用意してあげられないけれど、もしよければうちに今日は泊まって休めば?」という。ユリタは、「本当ですか!いいんですか!ちなみに家はどこにありますか?」と言って地図を調べ始める。田舎町だと、交通量の極端に少ない場所も多く、バスや電車もほとんどないようなこともありうるため、その後の動きがブロックされてしまわないように、降ろしてもらう場所を決める前に必ずその後のスタートを計画するのだ。

車に乗せてもらっただけでもすごいのに、晩御飯までご馳走になって、屋根のある寝床まで赤の他人である私たちに提供してくれてしまって、いいのだろうか。私はもう完全に恐縮モードになっている。いくらなんでも、上手くいきすぎじゃないか、人が良すぎるんじゃないか。そしてユリタは別として、私はそこまで彼らにしてもらえるほど、楽しい体験を提供できているだろうか、と。そんなことを考えている間にも、ユリタが家の場所を確認し、まぁ、翌朝ちょっと電車に乗ったらジャンクションがある場所まで遠くないね、と判断し、そのまま家に向かうことになったのである。暖かい家の中でぐっすり眠り、翌日はお礼だけ言って、早々に家を出た。

やはりせっかくなので家族にお薦めしてもらった近くのうどん屋にも立ち寄り、その後、数駅だけ電車にのってジャンクションの最寄駅へ。そこでしばらく待つものの、なかなか乗せてもらえない。ユリタは、「大きく見える山登り鞄が問題かもしれない」と言って、2人で近くの草むらに鞄を置いて、親指を上げ続ける。結局は、徒歩1時間程度の道のりを、「徳島方面」の看板だけ掲げながらジャンクションに向かって歩き始めた頃になって、通り過ぎた車がUターンして戻ってきた。そして、運転をしていたその女性は、「時間があるから」と行って、彼女が向かっていた先とは全然関係のない方向にある高速道路のジャンクションまで送ってくれた。

そこからサービスエリアに入り、「徳島方面」へ向かう車を探す。少し時間がかかって見つかったのが、香予さんと、そのお母さん。なんと垂水のアウトレットを目指しているという。バイリンガル教育の幼稚園の保育士さんをしている香予さんと、海外旅行や言語学習に関していろいろおしゃべり。淡路島のサービスエリアに寄って玉ねぎなんかを買ったりしながら、4人でのドライブを楽しんだ。そうしているうちに、「急いでないし、せっかくだから、もう少し先まで」と言って、垂水ではなく、須磨まで、そこまで来ると「もうほとんど変わらないし」と言って、結局新長田まで乗せてもらい、私にとっての初めてのヒッチハイクは終了となったのであった。

その後もイギリスやメキシコの田舎などでヒッチハイクをしたり、“予約版ヒッチハイク”と私が呼んでる、「ブラブラ・カー」というカーシェアリングも、スイスやフランス、スペインでよく利用している。その後、借り暮らしをするようになった時にも共通する、この「乗せてよかった」「泊めてよかった」のために今でも胸にある目標像は、初めてのヒッチハイクで見た、ユリタの心意気が原点になっている。

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