ジャワ島の端っこで

その日私は、16時にマランの駅を出発し、電車に揺られていた。

泊まっていた宿で知り合った地元民、ダシムンおじさんと「ラウォン」という、とびっきり美味しい牛の膝小僧のスープを食べた後、一緒に散歩していた町中の公園ではぐれてしまい、かなりのこと探し回ったが見つけられず。その後ひとり町を歩き回っていたわたしは、心地よい疲労感に包まれ、電車に乗り込む前に急いで買った1Lの水の他に、少しの洋服と日記帖が入った小さなリュック、パスポートとお金やカードをしまったポシェットの他に何も持たず、ジャワ島の最東端の町、バニュワンギへの約8時間の電車の旅をスタートしたのだった。

足が十分に伸ばせない、硬い椅子のボックス席で正面に座ったのは、香港のホテルに出稼ぎに行って、インドネシアに戻ってきたばかりだという若い女の子だった。中国語と英語が堪能な彼女とおしゃべりをしたり、食料を分けてもらったりし、わたしは窓の外を見ながら、隣に座っている夫婦の会話に耳を傾けていると、気が付かぬ間に眠りに落ちていた。

ふと目を覚ますと、時刻は18時。電車もすっかり満席になって、各々が目指す場所へと向かっていた。
隣のボックス席に座った何やら段ボール箱を山のようにもった少年たちが、丁度若い彼女とわたしの計画について話しているところだった。

というのも、バニュワンギの町に行く理由が2つあり、ひとつはその後予定していたバリ島へのフェリーにのること。もうひとつは、バニュワンギの町からほど近い、イジェンの火山口にある青い湖と、硫黄ガスが燃えて絶えず見られるという青い炎を見に行くことだったのだ。炎は昼間では明るくてよく見えないため、この山には深夜から登り、暗いうちに炎を見て、それから朝日を見るというツアーが多く企画されていた。

24時近くにバニュワンギに到着する電車であるにも関わらず、行先も宿もツアーの申し込みもしていない私を心配した彼らは、私が寝ている間に香港にいた彼女が他の席の若者に事情を説明し、友達に電話をしたりと情報収集をしてくれていたのであった。

結果、バニュワンギの町のひとつ手前の駅で電車を降りるように、と少年たちは言った。というのも、バニュワンギの町は大きくて、電車の駅から町中へ、深夜に宿やツアーを探しに行くのは難しく、ひとつ前の小さな駅なら駅の目の前に数件の宿があるし、選択肢は減るが、料金もそんなに変わらないし、今夜中に登山をするならそちらのほうが山までも近いという。

地図をみると確かに、ひとつ前の駅にも2件、民宿があることが分かった。わたしは丁寧にお礼を言って、あっという間にもう一度、深い眠りについた。

肩を揺すられて飛び起きると、それは2人の若い車掌であった。時計に目をやると時刻は23時50分。現在地を確認すると、バニュワンギの2つ手前の駅を丁度出発したところであった。

周りに座っていたはずの夫婦も、若い彼女も、2人の少年も、もう誰も居らず、満員だった車両にも4、5人の乗客が、各々眠ったり携帯を眺めたりしているだけになっていた。

何度も注意深く駅名を確認し、電車を降りる。

駅前の駐輪所で、1人自転車を探す女の子に声を掛けて、宿はどこかと聞いてみると、困った様子で駐輪所のおじさんを呼んでくれた。
彼はぶっきらぼうに隣の家を指さしたので、わたしはお礼を言ってそそくさと隣の家へ駆けこんだ。

「今夜、ひとり、泊まれますか。ついでにイジェンの山にも今夜登りたいんだけど、方法はありませんか」
家の前の商店で出てきたおばちゃんは、値段を電卓にたたくと、英語が堪能な娘を呼んできて説明させるので待ってるようにといい、眠っている娘を起こしに行った。

近所に住む彼女の兄が午前2時30分に車で登山口まで連れて行ってくれることを寝ぼけ眼で説明してくれた彼女に、「こんな遅い時間にごめんね」と謝ると、「いいのよ、気にしないで。おやすみなさい」と笑顔で答えてくれた。

隣の部屋でにぎやかにおしゃべりをする地元の若者たちの声がようやく収まったのは1時で、眠りについたと気がつく間も無くあっという間に部屋の扉がノックされ、冷たい空気を吸い込みながら車に乗り込んだ。

登山口につくと、あたりは少しずつ明るくなっていた。あまりの寒さに、今回の旅のために持ってきた服すべてを重ねて着て変な恰好をしたわたしは、身体を温めるためにもせっせと山を登った。

出発した時はすっかり暗闇だったので、ガイドの顔も、同じツアーに参加した数人の西洋人の顔も分からない。このままこの山に取り残されてしまうかもしれない。そうなったらそれはそれでいいかも、なんて考えながらとにかく上を目指して、太陽目指して足を進めた。

目当てにしていた青い炎は、少し前の噴火でガスが濃くなっているために入れない領域の奥のほうにあって、遠くにかすかに見えるような見えないような、そんな様子であった。

山頂に着くと、朝日が顔を出し始め、反対側には月が輝き、わたしはコバルトブルーの湖と共に、太陽と月に丁度挟まれていた。

その山頂で、ひとり太陽と月、湖を、首をぐるぐる回しながら交互に眺めていたとき、出会ったのが、フィンチだ。

人との出会いとは不思議なもので、たまに、いとも簡単に、すっと心に入り込んでくるような人がいる。出会った瞬間から、なぜだか懐かしい気持ちがして、久しぶりに親友と再会したような気持ちになる人が。

フィンチとの出会いはまさにそんな感じであった。フィンチと一緒に、何気ない会話をしたり、静かに月と湖と太陽を見たり、寒さをよける方法を模索したりしていると、気が付けばガイドに伝えられていた山を降りる予定の時間を過ぎていた。そしてフィンチも、一緒に来た友達は見当たらず、おそらくもう下山しているだろうと言うので、わたしたちは一緒に山を降りることにした。

山を降りたら、また別々の道を進んでいくことはお互いわかっていた。だけど、降りている間は一本道で、ずっと一緒だ。終わりが見えるその時間を、わたしたちは笑いながら、大切に歩んでいった。

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