習近平とブランコ、そして綿あめの罠

前回までのあらすじ

オフィスから成田へ、成田からバンコクへ。タイの市場で口の中を火傷しながら美味しいものをたくさん食べ、カトマンズへ着きました。詳細は「サガルマータが見たくて」にて。

「これが首都の空港かぁ。」

ネパールの首都カトマンズの国際空港は、かつて通った小学校の中庭を思い出させる赤茶色のレンガ作りで、こじんまりしており、なんとも可愛らしい空港である。

空港の出口へ向かうと、シベスさんが優しい笑顔で私を出迎えて下さった。今回、ガイドなしポーターなしで単独での(と言っても、周りに他の登山客がたくさんいる想定)エベレストベースキャンプを予定していたが、母の猛反対に遭い、結局母の昔からの友人であり旅行会社も持っているシベスさんに、ガイドさんや国内移動など全て手配して頂いたのであった。

この日は習近平がインドからネパールに公式訪問に来る日とのことで、カトマンズの、特に空港周辺はかなり大掛かりな習近平歓迎の準備が進められていた。メイン通りに張り巡らされる「熱烈歓迎 習近平主席」の横断幕が妙にシュールだ。なんと、私が乗っていたバンコク発の便が着陸後の数十分後には、習近平優先のために、全ての便が着陸見合わせとなったという。実は日本からタイに飛び立った時には、台風が日本に上陸しており、それもまた飛行機が離陸できないんじゃないかと思うほどの強風が成田でも吹いており、そう思えば、出だしから、なんともギリギリセーフな怒涛のネパールである。

シベスさんの車に乗って、カトマンズの街を抜ける。すると所々に巨大な竹のブランコ。シベスさんに訊ねると、これはネパール最大のお祭り「ダサイン」のためのブランコだとか。大きな竹のブランコに乗るのは、年に1回、この秋のお祭りの時期に大きなブランコに乗って地面から足を離すことで邪気払いができると信じられているからだそう。というわけで、確かによく見ると小さな子どもだけでなく、大きなお姉さん、おじちゃんやおばあちゃんも、ブランコに乗っている。みているこっちまでニッコリしてしまう、そんな平和な光景。

この日の夜は、シベスさんの親戚の家へお邪魔して、ダサインのお祭りの一部も一緒に体験させていただくこととなった。美しく着飾った女性達につい息を呑んだり、美味しいご馳走をたっぷり堪能させていただき、そして家長にティカまでつけていただいた。眉間につける赤いティカには、幸せを祈る意味があるそうだ。親戚の小さい女の子を誘って、しっかり、ちゃっかり、例の竹のブランコにも乗って、邪気払いと幸せをばっちり充電した素敵な夕べだった。

お祭りの後は早めに家に帰って眠った。そしてまだ朝だか夜だかよくわからない、午前2時過ぎにシベスさんの家を出発した。真っ暗闇でこれからしばらく山を共に歩くガイドのデンディさんと対面し、ガタガタな未舗装の道に時々目を覚まされながら、4時間バスに揺られ、ラメチャップへ向かった。普段であれば首都のカトマンズから登山口であるルクラ行きの飛行機に乗れるため、かなり遠回りとなった今回の登山までの道のりであるが、トランジット好きな私としては、これはおまけのお散歩地なのだ。ラム・チョップだと思えば美味しそうだし、ラメの入ったケチャップだと思えばファンキーだし、ラメチャップという名前がなんとなく好きで、どんな場所か楽しみにしていた。到着間際、まだ薄明かりの車窓から、大きくうねる川や、谷、田んぼ、美しい緑の山々が朝霧の中に見え、予想に反してかなり幻想的なラメチャップがそこにあった。

いざ到着すると、辺りはすっかり明るくなっていた。そして「購入済みの飛行機のチケットに記載の時刻とは関係なく、バスが空港に早くついた人から順番に飛ばします!」という公平なのか不公平なのかよくわからないシステムで、その場は列だか列じゃないのかよくわからない人だかりでとにかく大混乱。

ガイドのデンディさんが私の分も代表して並んでくれているため、私は小1時間、空港、と言っても滑走路しかない原っぱをぷらぷら。空の写真を撮ったり、休憩しているバスの運転手さんたちが食堂で何を注文するかを眺めたりして過ごした。その後やっとのことで小型の飛行機に乗りこむ。過去に乗った一番小型の飛行機は、高校の修学旅行で乗った屋久島行きのプロペラ機だったが、今回はそれを優に超える小ささだ。オレンジのスーツが可愛いCAさんが、笑顔でお馴染みのセイフティ・デモを始める。ここで、周りにいる他の登山客が、今から我々が向かうルクラの空港が世界一危険な空港の一つとして有名だと噂しているところが耳に入ってしまった。何がどう一番危険なのか具体的な情報が全くないまま、彼らのその会話は収束してしまい、なんともモヤモヤが残る私。するとさっきのCAさんの酸素マスクの説明は終わっており、銀色のトレーに、小さなキャンディと綿あめを持ってきて配り始めている。少し不思議に思いながらも、乗ってすぐに配られたエチケット袋のイラストの方が不思議で可愛いし、「上空から、足元に雲を見ながら皆んなで綿あめを食べるなんて、なんとも粋な演出だな」なんて思い、CAさんにお礼を言ってから、窓の外を眺めながら、そっと口に入れる。ところがどっこい、甘くない。溶けもしない。思わず口から吐き出した。

ふと遠くに座ったガイドのデンディさんを確認すると、デンディさんはせっせと綿あめを丸めて耳に詰めていた。棉あめではなく、耳栓用の棉だったようだ。

こんな残念な失敗をしたまま、私の人生終わるはずがない。世界一危険な空港だかなんだか知らないが、気づくとモヤモヤも心配もどこかへ消えており、私は自分のアホさに笑いを堪えながら、飛行機の窓からの真っ白い山々を満喫したのであった。

次回予告

次回からついに、ネパールはヒマラヤ山脈での山歩きが始まります。
ラマイルチャ!アナンダチャ!」に続く。

タイトルとURLをコピーしました