モロッコのベルベル村

私はモロッコでは絶対にサハラ砂漠に行こうと決めていた。大好きな星の王子様の、あのサハラ砂漠。20歳になったばかりの、大学2回生の夏休みで、それは私にとって人生初のバックパック海外旅行でもあった。高校生の時スイスへ留学した時の友人やお世話になったホストファミリーに会いにいきたかったこともあり、ヨーロッパメインで周りつつ、ついでにどうしてもアフリカ大陸に足を踏み入れてみたかったのである。アフリカの国なら、せっかくならフランス語が通じる国へ、そしてモロッコなら比較的に治安もいいということだし、ヨーロッパも近く、フェリーでスペインに渡れる。夏休みが始まってすぐ、関空からパリのシャルル・ド・ゴールへ。一人で1週間パリを思う存分散歩した後、飛行機でマラケシュを目指し、友人に合流した。

砂漠へ行くツアーを探しに足を踏み入れた1軒目のマラケシュの小さな旅行代理店で、ベンさんに出会った。ベンさんは、砂漠なんかどの代理店でも目玉商品として扱っているから、行けるチャンスはいつでもたくさんあると。何もないベルベル人の村を訪れホームステイするこのツアーは、ベルベルの暮らしと素晴らしい自然が見られる。元々ベルベルの村出身で、何十年もこの旅行業界で作った繋がりがある自分にしか出来ないツアーなのだと。砂漠はテレビでも写真でも何度も見たことがあるが、ベンは次々と、山の中の赤土でできた家や森のような緑がいっぱいの場所で川で泳ぐ観光客の写真が入ったアルバムを持ってきた。彼は自信満々で、「今日ここで僕にであった君たちは、ラッキーであり、これは運命である。僕としか行けない、このツアーは、もちろん砂漠に行きたくてモロッコに来ている観光客はみんな最初は興味がないが、実際参加した人達の満足度は実に高い」。そんな熱心なプレゼンテーションを聞いているうちに、私は、どんどん説得され、私たちは、砂漠は一旦置いておいてこの「何もないベルベル人の村を訪れるツアー」に参加することにしてしまったのである。

まだ薄暗く、街が目覚めさした早朝にマラケシュを出発し、山に向かって車で2時間。途中、いかにもツアーらしくアルガンオイルを作る小さな作業場に寄ったり(ただしベンは何度も「買わなくていいからね」と言った。)、川に行ったりした。川辺にいると、ロバ遣いの兄弟とロバが現れ、兄弟はあれよあれよという間に卵とじゃがいものたっぷり入った絶品タジン鍋を作り上げた。ここで昼休憩、のんびりそよ風に吹かれ、川で遊んで、楽しく過ごしていると、そぐそこ小さな登山道の入り口があった。これが私たちが進む道だそうだ。高校からずっとワンダーフォーゲル部、歩くのが大好きな私は、もちろん歩くことを望んだが、ベンは何故か大反対。半ば仕方なく、ロバ遣いが引くロバに乗って山の中を進んで行く。途中、何もない傾斜で何度か小さな、そしてよく手入れされた芋畑を何度か見たり、周りに誰も住んでいるように見えないけれど何処の誰の芋なんだろう?なんて考えながら、赤い土の岩山を登っては超え、登っては超え、そんな山道を半日進んで、いよいよ村が現れたのだった。

村に到着してまず、すぐ近くの丘へ上がると、丘の頂上が墓地となっていることに気が付いた。爽やかな風が通る何にもない、ただの丘だが、ここは村全体が見渡せる、特等席。祖先を大事にするベルベル人の村では、その村で一番景色が良い場所は墓地にすると決まっているそうだ。それは、いつかドイツの村を訪れたときに、墓地が村にあるすべての家に面する村の中心の広場にあったことを思い出させた。日本だと、墓地に面した家は、それが理由で家賃が少し安かったりするが、国によっては、墓地が隣なら確実に静かなため逆に人気があったりすると聞いたことがある。

小さな窓しかなく、昼間でも薄暗いベルベルの村の家は、夜になると真っ暗だ。お母さんが人参やインゲン豆の入ったのタジン鍋料理作るために熾している小さなガスコンロだけが明るい。夕食を食べる終わると、ベンと、オーストリアからのツアー参加者であるミヒャエルとハナ、友人の陽奈とわたし、5人はごろんとまっ平らな屋根に寝転がった。

満点の星空の下、ベンは彼の宗教であるイスラム教について話していた。何のために生きているのか、死んだらどうなるか。自然の近くで、自然に対峙し、生きるため、食べるために毎日生き物を目の前で殺している者たちにとって、死は生活からすごく身近なところに存在するのだ。

ベンの話す乱暴でそしてしわがれた声は、一日中太陽を浴びて疲れていた我々をすぐに心地よい眠りへと導いた。

眩しい太陽の光と騒がしい鶏の声で、目が覚めた。まだ他のみんなは眠っている。屋根の上から身を乗り出して、村の様子を見てみる。鶏の声はどこからしているんだろう?すると、すぐに、羊を連れて丁度出かけるような様子の少女と目が合った。多少距離があったので、挨拶代わりに微笑むと、彼女はこちらに向かって照れくさそうな笑顔を返した。

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