モーレア島にフェリーで到着したとき、わたしたちはどこに行こうか決めてはいなかった。タクシーに乗って船着き場とは真反対にある、マンタと泳げることが売りのプライベートビーチへ入場料を払って入るか、それとも船着き場から歩ける距離にある公共のビーチに行くか。
結局我々は、灼熱の太陽の中、公共のビーチを目指して歩くことにした。
わたしは歩くのが大好きだ。高校の時、かっこいい先輩たちに憧れて入部したワンダーフォーゲル部に入ってからは、それにますます拍車がかかった。暑い中も、寒い中も、雨の中も、自分が足を進めれば前に進む。止めればもう進まない。そんな単純なことがとても面白くて、暇さえあればいくらでも、考え事をしたり、ぼーっとしたりしながら1日中だって歩くことができる。
地図で見れば近かった公共の海水浴場も、いざ蒸し暑い空気の中、車道を歩き始めると遠く感じるものである。途中、あと一歩のところで仲間のひとりが熱中症を訴えたので、みんなでタクシーを拾って目指すことになった。
まだ少しだけ早い時間だったせいか、ビーチは空いていた。
我々は木蔭に荷物をおろし、水色に輝く海を眺めたり、透明な水中に魚を探したり、寝転んだり、思い思いに過ごしていた。
途中、浜辺でバーベキューをしていた地元民の家族が、たき火でよく焼けたパンの実を分けてくれた。これは、名前の通り、木に実る一見パンのような果物であるが、味はいも類に近い。焼き立てで香ばしくホクホクなパンの実は、でんぷん質の優しい甘さでわたしを幸せな気持ちにさせた。
昼寝をしたり、熱帯魚をさがして海に入ったりしているうちに、気づけば浜辺には人が増え始めていた。
そんな中、近くで遊んでいたかわいい女の子がいた。5歳くらいのその女の子は飼い犬と、友達のように、おしゃべりをしながら水浴びを楽しんでいた。
「こんにちは、名前は?」フランス語で私が訪ねる。
「わたしはホエアニ。この犬と、もう一匹飼っていた犬は、家から逃げて、車にひかれちゃったの。まだ子犬だったときに。でもこの子は逃げたりしないから、わたしは一緒に遊んでいるの…」
おしゃべりが止まらないこのかわいい少女の、たまにタヒチ語が混ざる長い物語を、わたしは一生懸命聞いていた。
しばらく犬と彼女と水辺で遊んでいると、ホエアニのお父さんジェゾンが遠くから優しい笑顔をこちらに向けながらやってきた。このモーレア島で生まれ育ち、システムエンジニアとして働く彼は、私が日本から来たというとすかさず、「いつか日本に行ってみたい」と教えてくれた。
この可愛いホエアニが、これからどんな風に大きくなるのか、なんだかずっとこの島で見届けたいような気持になった私は、別れ際、彼らに「いつか日本に来るときは教えてね」と、小さな紙に名前とメールアドレスを渡して立ち去った。
数か月後のある日、お父さんからこんなメールが来た。
「こんにちは。お元気ですか。
今日、ホエアニは、徒競走で2位と大きく差をつけて1位を取りました。
彼女はとっても嬉しそうだったそうですが、それと同時に私は仕事でその場にいることができなかったことをとっても残念がっていたそうです。1位のメダルを持ったホエアニの写真と、わたしの小さな家族、ホエアニとテハウプラウアそしてわたしの写真を送ります。
日本は寒いのでしょうか。
日本の、あなたの家族にもよろしくお伝えください。
わたしたちはモーレアから、あなたがいつも幸せで、勇敢で、そして自分にとって一番良いことを選択できることをお祈りしています。ジェゾン」